ひだまりの居場所

精神障害者をはじめ、生活困窮者の心に寄り添うブログです。

かわいい部下達に謝りたいこと

中国人の部下達の仕事ぶりを見ていると、時折切なくなります。私の働いている職場は、中国ローカル企業ですが、彼らの上司は常に日本人という特殊な職場です。歴代の上司達は、皆、それぞれの事情で、数年単位でこの職場を去っていき、また新たな上司が彼らの上に立ちます。この10年の間で何人もの日本人上司に指導されてきた彼らは、「野心」というものに欠ける働き手で、まるでロボットそのものでした。


私はこの会社に入社してちょうど2年です。入社した最初の月に、「私がこの職場を去っても、次の日本人に頼ることなく働ける人になってください」と部下達に言いました。皆、白けた顔をして聞いていました。「そんな口先だけの指示は出さないでくれ」とばかりに、無言のまま表情ひとつ変えませんでした。


半年経った頃、私はもう一度彼らに同じセリフを言いました。すると、前回は無言だった彼らが、私に反論してきました。「私達は、どんなにがんばっても日本人にはなれません。この仕事をやっている以上、日本人がトップでなければ会社は立ち行かないと思います」。私は、反論するようになった彼らのことがまぶしくて、うれしくて、かわいくて、「情け無いことを言うんじゃない。いつまでも日本人に頼っていてどうするの。ここは中国でしょう。日本人の下で働きたいなら、日本へ行け!」と言いました。


1年経って、また同じことを彼らに言いました。すると、意外な答えが返ってきました。「yueyaさんが会社を辞めるときは、私達も辞めます」。今度と言う今度は、きっちり叱らねばなるまいと思い、「じゃあ、私が死んだら、いっしょに死にますか? 私が殺人を犯したら、共犯者になりますか?」と言うと、「私達はいっしょに働きたいだけです」と涙目になっていました。「どこで働くかより、誰と働くか、というのはとても大事なことではあるけれど、いっしょじゃなきゃ嫌だというのは、子供の論理です。反省しなさい」と叱りました。


それからまた1年が過ぎ、つい先達て、会社で大きなトラブルが発生しました。ボスが、全社員を敵に回すような軽率な事業に手を出そうとしていることが発覚したのです。私は、部下に、「ボスから納得のいく説明があるまで、私は出勤しない」と宣言し、出先から家に直帰しました。すると、部下達が次々に私のところに電話をかけてきて、「私も帰ります。これからyueyaさんに会いたい」と泣きついてきました。それまで私は、どんなに仲の良い中国人であっても、自分の家に招き入れたことがありませんでしたが、そのとき初めて彼らを家に呼びました。全員私の家にやってきました。


みんなでボスに意見書を書くことにしました。一人ひとり、今の仕事に対する思いと、ボスがいかに軽率で愚かな決断をしようとしているかを、切々と文章にまとめ、私の家からメールしました。ボスからすぐに電話が来て、「今すぐ説明するから、とりあえず会社に出てきてくれ。申し訳ない」と言われました。私達は、すぐに会社に行きました。この一件は、結局私達社員の意見を尊重する形で収束し、皆で喜び合い、またボスも私達を見直してくれる結果となりました。


部下達は、これまで上司にはむかったことが一度もありませんでした。まして会社のトップに意見をすることなど、決してしてはならないことだと思い込んでいたようで、会社の一大事であるにも関わらず、なぜか生き生きしていました。「yueyaさんがいてくれて良かった。yueyaさんが上司でなければ、こんな決断はできなかった」とお礼を言われました。


そこで私は改めて彼らにあのセリフを言いました。「いい経験をしましたね。この先、いろんな問題にぶつかったとき、ピンチをチャンスに変えることができるようになったでしょう。このことは生涯忘れないでください。なぜなら私が辞めるときは、あなたがたが上司になる番だからです。部下を正しい道に導けるよう、ひとつひとつ学んでいってください」とお願いしました。すると彼らは、「できるかな?」と照れ笑いしていました。


私達は全員、日本語ライターという仕事をしています。私は生涯、物を書き続けたいと思っていますが、彼らはどうなのかわかりません。中国人が日本語の文章を書き、日本人に読んでもらうという特殊な世界の人たちです。私とは明らかに立場が違います。私は生涯書き続けることを、幸福なことだと思っているし、そして書き続けることで背負う不幸も受け入れようと覚悟を決めています。しかし彼らに私と同じことを背負わせるのは、とても不憫でなりません。だからこそ、この仕事のトップには、中国人である彼らが立つべきだと思うのです。日本人が必要なのは、あくまで監修という立場で十分だと思っているのです。


彼らはずっと日本人の下でロボットのように働いてきたせいで、部下に何かを教えるという経験をしたことがありません。「あなたたちは、日本人の握るリモコンで操られているラジコンヘリのままで良いのですか?」と彼らに尋ねると、「嫌だ」と言いました。「じゃあ、私から操縦方法を盗み取って、今度はみんなが自分たちで操縦できるようにしたらいい」と言うと、「何年かかるだろうか…」と遠い目をしてました。「できるよ。今すぐにだって、自分達で飛べるのに、気づいていないだけだよ」


私がここにいる限り、彼らは私を頼るだろう。中途半端に操縦桿を握らせても、心のどこかで私がいることに甘えるだろう。彼らをラジコンヘリにしているのは、実は私自身だったのだ。そのことを考え出すと、涙が滲んでくる。私が辞めたら、彼らはきっと飛べる。でも、私もこの仕事が好きなんだ。辞めたくないんだよ。