ひだまりの居場所

精神障害者をはじめ、生活困窮者の心に寄り添うブログです。

カネ!カネ!カネ!

中国人との付き合いの中で、日本人が用心しなければならないのは、「金」の問題だ。MONEYである。


公然としたビジネスにおいても、必ず袖の下が伴う。それも相手方の企業に対して支払う袖の下ではなく、担当者に渡す袖の下である。


例えば、ある食品メーカーが新商品の売り込みにスーパーに営業に行く。「ぜひ試食してみてください」とまずは食べてもらって、「うん、確かにウマイ」という言葉がいただけたら、次はその売り場担当者に、「これを貴店に置いていただけたら、あなたに毎月、ウチの商品を差し上げますよ。ご家族は何人ですか」と攻める。「ああ、そういうことなら置いてあげましょう」と約束を取り付ける。


まあ、ここまでなら、日本でもありそうな話だ。ところが中国はこの先が複雑なのだ。置いてもらった新商品も売れなければ何もならない。担当者に毎月自社製品を送り続けているが、一向に売り上げが伸びない。それどころか、競合他社の新商品の方が飛ぶように売れている。「お願いします。どうかもう少し目立つところに置いていただけないでしょうか」「いや、B社の商品の方が人気が高いんで、どうしようもないですよ」


そこで袖の下を使う。担当者にそれ相応の袖の下を握らせ、「頼みます」と一言言えば、その日の内に陳列強化を行い、セールスプロモーションをしかけ、嘘のように商品がはけてしまうというわけだ。


何しろ、カネが入らなければ、中国人は心も体も動かさない。利益ということを何よりも優先するのだ。自分に得がなければ、動かない。逆に言えば、自分に得があることなら、どんな苦労もいとわないのである。


また、こういうケースもある。ある人が、仕事上である中国人のメンツをつぶすような大失態をおかした。謝ろうが何をしようが、メンツをつぶされた中国人は全く心を開かなくなる。そればかりか、反撃に出たりもする。「お前は、俺に、これほどヒドイことをしたのだから、当然の報いだ」という報復なのである。ところが、これほどの仲たがいも、「金」が介入することで、突然解決してしまう場合がある。


これは、「自分に得があるかどうか」という価値観によるものではなく、「金は命の次に大事なもの」という強烈な思いが背景にある。自分への利益を優先する彼らにとって、金は本当に大切なものだ。だからこそ、その大事なものを投げ出して、謝罪をすれば、そこには本当の誠意が込められていると解釈するのである。相手がびっくりするくらいの金額をもって謝罪すれば、たいていのことは丸くおさまるという寸法だ。


日本人は、かなりこういう習慣から遠ざかってしまったように思う。昔は袖の下というものは、もっと普通にあった習慣だったはずだ。現代社会でこういうことをあけっぴろげにやると、処罰の対象にすらなるため、罪悪感を抱く人が多いが、実は日本人の心の底の部分にまだきちんと残っている価値観のようにも思う。


北の国から』というドラマの中で、息子の純くんが、よそ様のお嬢さんを妊娠させてしまい、相手方の親に、田中邦衛扮する父親が謝罪に行くシーンがある。北海道で貧しい生活をしている田中が、みすぼらしい姿で相手の父親に詫び、手土産に持ってきた大量のかぼちゃを差し出すのである。その場に似つかわしくない大量のかぼちゃが田中の哀れさを一層引き立てる。ところが菅原文太演じる相手の父親は、実に淡々と静かに「あんたはさっきから誠意誠意と言うが、誠意って一体なんだね?」と田中に問いかける。田中は、その言葉を真剣に受け止め、なけなしの預金を差し出すのだ。明日の暮らしにも困るほど大切な金を失うことが、彼にとっての誠意だったのだ。


一方、中国の映画に『単騎、千里を走る』というのがあって、これは全く逆のことが語られている。高倉健が、余命いくばくとない息子の夢を叶えようと、中国奥地の村へ出かけていく。まず手がかりの少ない人探しなどで地元の村人に協力を求めるが、彼らは実にちゃらんぽらんで当てにならないのだ。いよいよ絶望的になったとき、高倉から金を握らされていたある中国人が、その金を返しに来たのだ。多くの観客は、「金を返されたということは、高倉の願いは打ち捨てられたのだ」と解釈するのだが、実際は、そうではなく、友情を示すために金を返しに来たのだった。そして、高倉の願いは叶えられるというストーリーだ。命の次に大事な金だが、友情と秤にかけることはできない、という中国人の友情観を端的に表したシーンだった。


いや、実際中国人は、親や子でさえ金で裏切るとも言われる悪名が冠されているだけに、「そんな美談、嘘っぱちだ」という人も多いが、仮に嘘っぱちであったとしても、それが美談としてまかり通るのだから、心の底には友情を尊ぶ精神があると言えるだろう。


最近、中国に赴任してきた日本人に今日お会いしたのだが、彼は中国人の「カネ!カネ!カネ!」に、ものすごい嫌悪感を抱いているようだった。無理からぬことだが、中国での筋の通し方を学んでおかなければ、この国でビジネスなど到底ムリだ。「カネ!カネ!カネ!」の裏側にある、人間の心理をよく踏まえておかないと、中国人のプライドを傷つけ、事を荒立てる結果になるということを、私は伝えたかったのだが、どうも分かってはもらえなかったようだ。