ひだまりの居場所

精神障害者をはじめ、生活困窮者の心に寄り添うブログです。

続・ホテル

昨夜は雷雨でした。集中豪雨と言っても良いほどの大雨で、降り始めの5分で道路が冠水し、その後2時間以上も降り続きました。ひどい風と雷で、おそらく何かしらの被害が出ていたのではないかと思います。


その頃私は、市内の某ホテルにおりました。レストランで食事中でした。


このホテルは、市内に数ある五つ星ホテルの中でもとりわけ格式の高いホテルで、市民なら知らない人は皆無というくらいの老舗中の老舗です。建物自体も政府に保護されているような重文化財。日本人観光客も数多く宿泊しています。しかし、中国の老舗ほどその威厳にあぐらをかき、サービスは最悪、料金も高いもので、この近代化の波のなかにあって、人々に忘れ去られていく存在の筆頭にあげられていました。


ところがとある世界的ホテルチェーンに買収され、スタッフもサービスも一新。宿泊料も以前より更に高くなったにもかかわらず、一気に周囲の評価が変わりました。実はみんなこのホテルを愛していたのですね。この街の歴史を見守ってきた市民自慢のホテルだったのですから。


さて、話がずいぶん遠回りしましたが、私と友人は嵐の中、このホテルでのんきに食事をしておりました。ホテルのテラスにはテーブル席がしつらえてあり、パラソルが強風になびいていました。テーブルの上においてあった調味料入れなどが、すべて雨風で吹き飛び、ホテルマンたちがあわただしく片付けをしています。


そのとき、私達のいたフロアの木製のドアが、バタンと大きな音を立てて閉まりました。一人のスタッフがテラスへの出口のドアを開けたため、瞬時に室内に強風が吹き込み、室内のドアがその風にあおられ閉まってしまったのです。


ウエイトレスが閉まったドアを開け、何事もなかったかのようにまた食事が始まりました。スペイン人の駐在員さんたちの一団も同じフロアにいましたが、和やかに談笑を始めました。


嵐はますます激しさを増します。いよいよテラスのパラソルが階下へ落下。大騒動が始まりました。


私達が食事をしている背後を、スタッフがあわただしく往来していきます。私と友人は、外の様子が気になり、席を立って、窓辺に行ってみました。恐ろしいほどの風雨と雷。どうやって帰ろうか、などと話をしていたそのとき、大きなガラスが割れるような音が響き渡りました。


そうです。さきほど強風にあおられたドアが、再び強風で閉まり、その衝撃でドアに嵌っていたガラスが粉々に砕け散ったのです。テラスではパラソルの骨がポッキリ折れ、制服姿のホテルマンたちが、ずぶぬれになりながら処理をしています。室内ではめちゃくちゃに壊れたドアの前で、ガラスを片付けるスタッフたち。部屋に強風が吹き込まないよう、テラスへの出口のドアに鍵をかけましたが、あまりの風の強さにロックが勝手にはずれて開いてしまうので、誰かが常にドアを押さえていなければなりません。そうしないと、また室内の別のドアが壊れ、大変なことになります。


私達は、スタッフの姿を見て、ちょっと感動していました。自分に関係のない仕事は一切したがらない中国人が多い中、ここのスタッフは、本当によく働いているのです。ずぶぬれになってパラソルを片付けていた男性は、バーのマネージャーで、本来はこんな仕事はもっと下のスタッフにやらせれば良い仕事です。しかし彼は、この強風の中、若いスタッフに怪我でもさせてはいけないと自ら進んで外に飛び出していきました。


私と友人は、居ても立っても居られず席を立ち、彼らの作業のお手伝いをしました。たいしたことは出来ませんでしたが、人として何か協力をせずにいられなかったのです。


すべての片付けが終わり、ずぶぬれになったホテルマンたちと笑顔で握手をしました。


「ありがとう、お客様のお食事の時間を台無しにしてしまいました。本当に申し訳ありません」
とバーのマネージャー。
「いえいえ、こちらこそ、皆さんのすばらしい仕事ぶりを拝見して、感動いたしました。さすがは、権威あるホテルのホテルマンたちだと感服いたしました」
と私達。


確かにグローバルスタンダードな高級ホテルとしては、お客様に手を借りるなど、ホテルマンとしては失格なのかもしれません。外が嵐であろうと、お客様には一切感づかれてはいけないという、孤高の志が貫徹されてこそ、一流のホテルマンです。でも、そんなことは、私達にはどうでもいいことのように思えました。私は日本人、友人は中国人でしたが、それぞれの良心に従って、手を貸した。それだけのことなのです。


さて、くだんのスペイン人ご一行様ですが、この大騒動のなかでも、実にスマートに談笑しながら、食事を続けておられました。ビールやワインを追加注文し、運ばれてくる料理をたっぷり召し上がり、高級ホテルのディナーを存分に堪能されておいででした。


良いホテルだな、と私は思いました。こんなホテルが、私の住む街にあったことを、心から誇りに思います。日本から友達が遊びに来たら、ぜひこのホテルに招待しようと、決めました。