ひだまりの居場所

精神障害者をはじめ、生活困窮者の心に寄り添うブログです。

ありのままの美しさ

日本語学校から、日本人教師が夏休みで帰国している間、ピンチヒッターで一クラス受け持ってくれないか、と声が掛かった。夏休み限定の初級クラスで、私の担当は、週2回。忙しいことは忙しいが、引き受けてやれないことはない、と思い、今月初めから高校生9人に教えている。それも、あさってで終了。あいうえおも知らなかった学生たちが、結構話せるようになってきた。


今日は、「できます/できません」「上手です/上手ではありません」の用法。


学生たちに、「○○さんは、何ができますか」と質問し、一人ひとり答えさせる。


「〜ができます」の「〜」の部分に入ることばは、名詞しかない。本人たちは、それぞれに特技を持っていて、
「アニメの絵を、真似して描くこと」とか、「飼い犬とお話すること」とか、「バドミントンののんびりしたラリー」とか、本当は表現したいことは山ほどある。でも、それが日本語で言えない。そんな中、一人の女の子が、
「私は、ダンスができます」
とすっぱり言い切ったものだから、教室は一気に盛り上がった。
「王さん、ダンスを見せてください」
と私が言うと、学生が一斉に拍手。渋りながらも、彼女は黒板の前に出てきた。


「じゃあ、韓国のダンスをします」
パチパチパチ……


クラス一の秀才。各課の応用会話文のプリントを配ると、初見ですらすら読めるのは彼女だけだ。相当家で勉強しているに違いない。性格もおだやかで、でしゃばったことは何一つしない。容姿端麗。めがねを外すと、かなりの美女だ。


拍手が鳴り止むと、彼女は大きく一つ息を吐き、視線を足元に落とす。次の瞬間、何かがはちきれたように、右腕を大きく上に伸ばした。


「あ!」


わき毛がボーボーなのである。


中国では、若い女性もおばちゃんも、こぞってわき毛の処理をしない。わきだけでなく、あらゆるむだ毛の処理をしない。だから、ちっとも珍しいことではないのだが、美しく韓国の民族舞踊を舞う彼女の肢体に、わき毛は明らかに不似合いだった。おかげで、私は何ひとつ、彼女のダンスを覚えていない。彼女にダンスを披露するよう促した自分を悔いた。


クラス一の才女の印象は、一気に「わき毛」に塗り替えられてしまった。


ありのままが美しい。


と、純粋な心で言い切ることのできない自分が愚かしくて、なんとも切なくなった。